その先
昨年、「30代の自我のかっこわるさ」という記事を書いた。
http://cat0422.blog104.fc2.com/blog-entry-129.html
最近、マツコデラックスが気になっていて、いろいろ言動とか気にしていたら、中村うさぎとマツコの対談を見る機会があった。
そこでマツコがcoccoの話をする。coccoはかつての自分の歌をまるで排泄物のように語って、歌っていたんだけれど、あるとき沖縄でゴミ拾いをはじめ、そのあたりからまるでカルマが落ちたかのようになった。と。
それを聞いた、中村うさぎは「私、そんな、この先、たどりついたところが沖縄でゴミひろいだなんて嫌よ!!」と言い、マツコは「大丈夫よ。あんたはそんなふうにならないから。」と返す。というやりとり。それを見たときに、私は衝撃を受けた。この人たち、いつもこんな込み入ったテーマの話をしているのか!と。
そこで手に取ったのが「うさぎとマツコの往復書簡」という本で。この本が、まぁ濃かった・・・・濃かったわけですが。その本のなかで、うさぎが言っているのがこれ。
そうだ。私は誰か、人のために生きてみたいんじゃないかしら?
自分のためだけに生きているのが虚しくなっちゃったんじゃない?
じつは私も、そんなふうに感じた時期があった。ううん、私だけじゃない。ひとりで頑張って生きてきた女は、そんな時期を必ず迎えるのかもしれないわ。
私の知人に、桜沢エリカさんって漫画家がいるの。彼女が以前、「どうして結婚して子どもを産む気になったのか?」という私の問いに対して、こう答えたのよ。
「自分のためだけに生きているのが嫌になって、誰かのために生きてみたいと思ったから」
(中略)
自分のためだけに生きるのって、限界があるわよ。
孤独に耐えられないとか、そんなんじゃなくて、ある程度まで行くと目標がなくなっちゃうのよ。
(中略)
桜沢さんは、「結婚して子どもを産む」という、それこそ不自由そうで凡庸な道をあえて選ぶ事で、その欠落感を埋めようと思ったのね。でも私は、その道を選ばなかった。そして、マツコ、あなたもね。
自分のために生きてきた20代。30代になったばかりの自分は、まだ嫌にはなっていないし、虚しくもなっていないけれど、何となく、自分ひとりの限界にもうっすらと気づきはじめている。
自分たちの業の深さについて話すマツコとうさぎの会話は、実はそんなに遠くないところにある。そんな気がして、私は、あぁ、と思う。
2012.01.08 | | Comments(0) | Trackback(0) | わたしをつくるもの
