馬と馬車のはなし

馬車に乗りたいと思っていたのに、
いつのまにか、
馬に魅せられて、
馬に乗ることに一生懸命になっていた気分。

だいぶ、馬は乗りこなせるようになったんだけど。
自分よりずっとセンスある馬乗りはいて。

違和感を感じているのは、
自分が上手に馬に乗れないからだと思っていたら、
それが馬車ではないからだ、と気づいた。

でも、馬車に乗るには、どうしたらいいんだろ。

2010.01.27 | | Comments(0) | Trackback(0) | わたしをつくるもの

あなたはいまなにをしているの?という言葉に、答える術を持ちません。

夢を叶えている。というのは正しくないと思う。
そういうのとは違う。

無理だと、わかっていた。
実際に動いてみたら、無理じゃないかもしれない。
そんなふうに思って、動いたわけじゃない。

無理だから動かない。という前提に飽き飽きしていたのだ。

たとえなんの結果が出なくても、その動き自体を抑制させるものはなにもない。
なんのメリットもない、経済効果もない、将来の有益な発展に繋がらない。
そういう理由で、結局は動くのをやめたままの私の人生に、
では、どんな価値が残っているというのだろう?

どちらにしたって、価値のあるものはなかった。
そう思っていたのは、私になにも守るものがなかったからだ。
寂しい寂しい道が続いているようにも見えた。

甘い考えだ、甘えた環境にあるからだと、
諭す人の言葉は、私の寂しさに責任を持たない。

目に見えるメリット、経済効果、目先の有益な発展が、
将来、本当に自分を生かすとは、思えずにいた。


あなたはいまなにをしているの?という言葉に、答える術を持ちません。


それでも、状況も心境も、それを起点にゆっくり曲線を描き始めている。

2010.01.19 | | Comments(0) | Trackback(0) | わたしをつくるもの

パンドラの箱

ひさびさに、パンドラの箱をあけた。
そして、慌ててしめた。

心の中に、
溶けきれない物質があるときは、
たいてい自分に原因がある。

最近、
ようやく自分が
求めていたことを知った。

そのとき私は賭けるような望みがあって
私は賭けに負けたのだ。と思っていた。

だけど、
私のなかに残る賭けるべき思いは
いまは誰にも預ける必要がない。

預けるべきではなかったし、
預けなくても生きていける方法はあった。

そうやって
必要なことをひとつ知って
こころに残っていたものはしずかに溶けた。

2009.11.18 | | Comments(0) | Trackback(0) | わたしをつくるもの

八木重吉の詩

むなしいことばをいうな

もしもそうしていたがために

おまえの肺がよわるというなら

さざん花のしろい花にむかってうたっておりなさい

おまえのにくたいとおまえのことばを

すべてうつくしいひとつのながれとなしなさい

もしもひくいすがたのじぶんになっておるなら

たえがたくともだまっていなさい

みずからがひかるまでまっていなさい





こんな言葉を書く人がいるから、まいったなぁ。と思う。

自分の戒めのために、そして、言葉の可能性のために、ここに記しておこう。

そして、わたしはやっぱり、みずからひかるまでだまっていなければならない。

2009.10.31 | | Comments(0) | Trackback(0) | わたしをつくるもの

子供じゃないんだから

子供じゃないんだから
なにかあるのだろう くらいは
察することができる

子供じゃないんだから
察してもらえるからって
なにも言わないでも理解されてる なんて
思わないで欲しい

2009.10.27 | | Comments(0) | Trackback(0) | わたしをつくるもの

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